8月23日午前 シハヌークビル市内 |
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2022年 10月 05日
市内中心部から「夫婦ライオン像」のロータリーを過ぎてビーチ通りへ
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by manabufujimura
| 2022-10-05 13:58
| 2022年8~9月タイ・カンボジア
2022年 10月 05日
朝の街並みでチャイナシティ化を確認
#
by manabufujimura
| 2022-10-05 13:53
| 2022年8~9月タイ・カンボジア
2022年 10月 05日
完全に安眠妨害され、8時すぎ、睡眠不足と浅い眠りのまま起きる。外に出てみると、夜ほどの派手さはないが、通勤の車両やバイクの流れは激しい。ホテルのある交差点には各コーナーに交通警官が詰めている。 9時出発予定の前に、Pさんが玄関に来てくれていたので、昨晩の騒音騒ぎを解決しようと、フロントスタッフに事情を説明してもらった。Oさんも合流し、同様の迷惑を被ったという。Hさんはそんなに気にならずに眠れたという。そこでOさんと筆者は少しでも騒音を減らすべく、部屋を2階から、空きのある5階(Oさん)と4階(筆者)へそれぞれ替えてもらい、荷物を移動した。 9時、ホテルを出発。まずは朝食へ。挽きたてのコーヒーが飲みないので、西洋風の朝食場所はないかとPさんにお願いしたら、職業柄さすが心得たもので、海岸沿いにある、Yasmine Caféという欧米系レストランへ案内してくれた。ホテルからEkareachStreet 100を南西へ走り、Two Lion Circle(2頭の黄金の夫婦ライオン像のあるロータリー、シハヌークビルの以前からのシンボル的存在)過ぎて南へ走り、海岸に行き着いた角にあるレストランだ。向かいには観光船発着所があり、東側にはOchheutealビーチが伸びる。ビーチ沿いには建設途中の商業施設が放置されており、コロナ禍の影響で中国人観光客が途絶えた影響だろうと想像する。 Yasmine Café の若い経営者兼ウェイターに英語で聞くと、彼はトルコ人で、11年間シハヌークビルに住んでおり、最初の7年間はローン島(Koh Rong)で欧米系客を対象に働いていたが、中国資本が押し寄せ、中国人客がメインになったため、仕事ができず、本土に戻ったのだという。 筆者はカプチーノ4ドル、トーストの卵・アボカド乗せ6.25ドルを注文した。カプチーノはうまかったが、パン料理はいまひとつだった。Hさんが注文した、ソーセージやベーコンのついたアメリカンブレックファストのほうがよさそうだった。 シハヌークビルのビーチは北西から南東方向に、まずはインディペンデンス・ホテルのプライベート・ビーチの性格であるIndependenceビーチ、次に、高級ホテルが建ち並ぶ、やはりプライベートビーチとして機能しているSokhaビーチ、次に以前は欧米系バックパッカーらでにぎわうカジュアルなOchheutealビーチ、そして以前は人がまばらだったOtresビーチとなっている。Pさんによれば、中国資本が流れ込んだおかげで、前者2ビーチのみならず、後者の2ビーチも中国人観光客を対象とした高級ビーチに変身し、バックパッカーや地元客や彼らを対象としたローカルなレストランなどがすべてのビーチから追い出されたという。しかし、コロナ禍により中国人観光客が激減したせいか、市街のいたるところに、建設途中で放棄されたゴーストビルを見かける。 コロナ前の中国人流入がピークのときにはシハヌークビル州全体で人口約30万人のうち10万人ほどが中国人だと言われたらしい。Pさんによればコロナ禍でそのうち3万人ほど去ったのではないかという。それでも一旗揚げようとシハヌークビルにやってきて住み着いた中国人のうち他に行き場がない者たちは、どうやって稼ぐのだろうか。 のちほどプノンペンの日本関係者から聞いたところでは、シハヌークビルが詐欺ビジネス・人身売買ビジネスの無法地帯になっているということだった。帰国後Youtubeで見つけた「アベマプライム」(2022年8月24日収録)は「中国マフィア「人身売買のお決まりパターンだ」台湾や香港からカンボジアに?一帯一路が背景?」と題して特集していた。コロナ禍で安定した職がない中国語が使える台湾や香港の若者を「月給3000ドル」といった甘言でシハヌークビルへ渡航させ、パスポートを取り上げたうえで、オンラインカジノなどの強制労働、臓器売買、人身売買の対象にするといった話だ。 (https://www.youtube.com/watch?v=yQDFZvBZZOk) Pさんによれば、これまで対応した日本人観光客はたいていシハヌークビル市内には泊まらず、ローン島などのリゾート島に滞在するという。一方、出張ビジネスマンは、宿泊代は高いが、静かな環境のSokhaホテルに泊まるのだという。 ゆっくりと朝食(というよりはブランチ)をとったあと、11:00ごろ、シハヌークビルの南西側の、整備されたばかりと思われるSokhaビーチ通りを西へしばらく走る。その左手に高級ホテル群が見える。その突端に、Try Palace Resort Sihanoukvilleという高級リゾートがある。 Sokhaビーチ通りの途中でStreet 115を北上し、「900番通り」に突き当って左折。800mほど走ると右手に独立公園があり、プノンペンと同じデザインの独立記念碑が飾られている。その交差点を右折し、1.5kmほど北東に走ると4号線に突き当り、その左手に、4号線の終点であるシハヌークビル港へのアクセスゲートが見える。その三叉路のガソリンスタンドで給油する。 ここまで、ざっと市内を20分ほど走っただけだが、11年前の印象と比べ、街の外見は急速に近代化し、高層ビルが立ち並び、とくに目立つのが中国資本によるカジノホテルやコンドミニアム群だ。ただし、コロナ禍の影響で、あちこちに建設を中止・放棄したとおぼしきゴーストビルがみられ、中国資本に依存してきたこの街の光と影が混交した印象だ。 #
by manabufujimura
| 2022-10-05 13:49
| 2022年8~9月タイ・カンボジア
2022年 10月 05日
宿泊ホテルでは英語が通じない
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by manabufujimura
| 2022-10-05 13:46
| 2022年8~9月タイ・カンボジア
2022年 10月 05日
シハヌークビルはチャイナシティと化している
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by manabufujimura
| 2022-10-05 13:42
| 2022年8~9月タイ・カンボジア
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