ホーチミン〜プノンペン7(最終): ケップからプレックチャック=サーシア国境、そしてプノンダン=ティンビエン国境、そしてタケオ経由でプノンペンへ |
5月7日、5時すぎに目が覚める。まだ外は真っ暗。書き物をして過ごす。7時過ぎ、朝陽が眩しく差し込む時間となり、フロント棟で朝食。
8時にホテルをチェックアウト。昨日アレンジした車と運転手のTahao氏が待っていた。車両は予想通りトヨタ・カムリ。2日前にバスで来たのと反対方向に、33a号線を反時計回りに進む。5分後に「Welcome to Kep」と挨拶するカニの像を過ぎる(写真)。
8:15、33a号線から33号線に出て東へ走る。どちらの道路も片側1車線だが路面状況は良好で、交通量も少なく、カムリは飛ばす。
8:20ごろ、33号線から右折して1332号線に入り、南東方向へ海岸線に向かう。道路はやや狭いが路面はスムーズ。
8:30前後、国境に近づくにつれ、数多くの塩田が見られる(写真)。海に近いことと、乾季の暑さが塩田づくりの条件なのだろうか。
8:45、プレックチャックPrekChark国境に着く(写真)。ケップからプレックチャックまで約35kmだから、塩田で写真停車した時間を考慮すれば平均時速50kmhほどか。国境での物流は少なく、大型トラックは一切見かけない。小口荷物を抱えた歩行者やバイクは双方向にまばらに見られる。このゲートからベトナム側のサーシアXa Xia国境ゲートまでは約500mのようだ。さらにサーシアからハーティエンの街までは約10km。前回はこのサーシア国境にベトナム側のメコンデルタからアクセスした。その時もやはり物流は少なく、経済回廊と呼ぶにはふさわしくないと感じた(「2013年8月」カテゴリー参照)。ただし、国際バスは走っているようだ。ネット情報では、アライバル・ビザはここで取得可能なようだ。
ゲート手前の右手にHaTien Vegasという大きなカジノホテルがあり(写真)、覗きに行くと、潰れて玄関が閉鎖されていた。その代わり、敷地内に急造したと思われる平屋のギャンブルだけの施設っがあり、こちらは営業していた。ゲート左手にも平屋のギャンブル施設があるが静かな様子。ベトナム側から泊まりがけで富裕層が押しかけるには不便な国境には違いない。カジノに名前を使われているベトナム側のハーティエンはのんびりした雰囲気の漁業町だ(「2013年8月」カテゴリー参照)。
9:00ごろ、プレックチャック国境を後にして、33号線を北上。道路状況は良好。12kmほどで31号線に合流。その近くに石林と鍾乳洞のKampong Trachがあるのでそこに寄ってもらう(写真)。本格的な石林は雲南省で見たし(「2013年4月」カテゴリー参照)、鍾乳洞は、懐中電灯を持った地元の子供たちが押しつけガイドに群がるので、嫌気がさし、やめておく。運転手のTahao氏と一緒にエネルギードリンクで休憩していると、地元の観光バスが乗りつけてきて急に賑やかになった(写真)。
9:35、再び31号線に戻り、2km前後東へ走ると、本線は北へ折れる。2日前にバスで走ったのと逆方向だ。
9:54、国鉄南線と斜めに交差する。国鉄の北線は運休しているが、プノンペンとシハヌークビルを結ぶ南線は1日に数本運行しているという話だが、鉄道趣味でなければとても不便だろう。
10:10、Angkor Cheyという町で31号線から東へ右折し、20kmほど、マイナーな道路を走る。路面状況は良好。
10:27、2号線に突き当たり、右折して、南下する。2号線の道路状況は極めて良好。
10:53、プノンデンPhnom Den国境に到着(写真)。Kampong Trachから約90kmに約80分かかったので平均時速67kmhと快調だった。ただし交通量は少ないものの、終始片側1車線なので、スピードの遅い車両やバイクを追い抜くときは対向車線にはみ出すので、運転技術が要求される。
プノンデン国境はゲートこそ踏み切りのようで簡素だが、プレックチャック国境よりも人の流れも物流もはるかに大きい。カンボジア側は国道2号線でプノンペンへ直結し、ベトナム側は比較的大きな街であるチャウドック経由(国境から北東方向に約25km)でホーチミンへアクセスができるので、局所的な経済回廊としてのポテンシャルが高いと筆者は考える。この国境へは前回はチャウドックからアクセスした(「2013年8月」カテゴリー参照)。
ゲートのブースに詰めている係官に、「観光客だ。中立地帯に少しだけ入って見てきてもいいか」と聞くと、頷いてくれる。ありがたい。3年前、ベトナム側からアクセスした時は、冷たくあしらわれた。
ゲートのすぐ内側にまあまあ立派な税関がある(写真)。その少し向こうに免税店を建設中。その向かいには、検疫やカムコントロール(商業省担当の輸出入検査)のブースが並ぶ。その先にもう一つ踏み切り状のゲートがあり、その先へ進入するのはためらわれたので、その手前からベトナム方向の中立地帯を観察すると、コンテナトラックは見ないが、大型トラックが両方向に並んで待機している(写真)。
プノンデン国境からプノンペンまでは2号線1本で約120kmと、バベットよりもプノンペンへのアクセスはよい。カントーからの直通バスが通るくらいだから、ここでもアライバル・ビザは取得可能だろう
国境ゲート手前200mほどの地点にTakeo Casino、手前1kmほどの地点にTop Diamond Casinoと、2軒カジノがあり、車が何台も停車していたので、この国境は繁盛しているようだ。
11:05、プノンデン国境から折り返して2号線を北上する。数キロ地点でDuong Chhiv経済特区の看板を見たが、辺りにそれらしき形跡はない。まだこれから開発ということだろう。
11:55、タケオに到着。国境から43kmに50分かかったので、平均時速50kmhほどか。途中から交通量が増えて低速車両の追い抜きに気を遣ったせいでスピードがおちた。
12:05、運転手のTahao氏が気を遣ってくれ、タケオ市内を一周してくれる。北東端にシーフードレストランが並び、新鮮な海老料理がこの辺りで食べられるようだ。ここで1泊する可能性もあったので、次回の参考になる。
その後、Tahao氏は2号線から西へそれて、22号線へと遠回りする。どうして2号線をそのまま走らないのかと聞いたら、彼の英語は拙いものの、2号線は渋滞が激しいというようなジェスチャーだった。
12:14、22号線から3号線に突き当たり、北上する。途中でガソリンスタンドで給油・トイレ休憩を5分ほどはさんで、プノンペンへ向かう。
12:45前後、プノンペン市街の手前20〜30kmあたりに2日前に逆方向に通り過ぎた工場群を左手に見る。
13:15ごろ、3号線から右へそれ、プノンペン市街の南側のマイナーな道路を走る。Tahao氏に、ここはどこだと聞いても、英語での細かい説明が無理なようで、彼なりに渋滞を避けようとしていることしかわからない。
13:30ごろ、見覚えのあるモニボン通りに出て北上する。夕方ほどではないが、土曜日の午後でも渋滞している。Tahao氏はプノンペンの市街をよく知っているようで、ジグザグに進み、14時ごろ、The Quayの近くに到達した。タケオから約80kmを約75分で走ったので平均時速64kmか。プノンペン市街でスピードが落ちたにもかかわらず、順調な走りだった。
以上、今日は全行程に渡り、フラットな地形で、道路の舗装状況も、途中で抜け道的に使った22号線以外は良好だった。今回の印象では、カンボジア南東部の道路網は整備が進んでおり、むしろプノンペン近郊の渋滞と補修工事や拡幅工事が交通のボトルネックになっているようだ。
今回は南部沿岸回廊のカンボジア国内の東端部分を走ったことになる。同回廊はバンコク~ラヨーン~ハートレック=チャンジアム国境~コッコン~シハヌークビル~カンポット~ケップ~プレックチャック=サーシア国境~ハーティエン~ラックジア~カマウというルートだ。
バンコクからシハヌークビルまでは2011年5月に走った。バンコクからハートレック国境までは道路は問題ない。コッコン国境のカジノホテルに泊まり、そこからから借り上げ乗用車で出発し、48号線を南東方向へ進み、4号線との分岐点(コッコンから約170km)まで、舗装状況は良好だが、クラバン山脈にかかっていて片側1車線で起伏が激しくカーブも多いのであまりスピードが出せなかった。国道4号線に入ってシハヌークビルまでは起伏はなく、道幅も広い。
一方、2013年8月にホーチミンから出発し、カントー経由で沿岸部に出て、ラックジャーからハーティエン(サーシア)国境へアクセスした。さらにそこからチャウドックに出て、ティンビエン国境にアクセスし、最後は河川国境のヴィンスウオン=カムサムナー国境からメコン川を溯ってプノンペンに着いた(「2013年8月」カテゴリー参照)
シハヌークビル~カンポット間の約100kmの実走はまた先の機会に譲るとして、今回の成果はカンポットから東の部分のカンボジア国内区間を確認できたこと、国道1〜3号線を制覇したこと(4〜7号線は以前走っている)、そして、カンボジア東部とベトナム南部の国境4箇所が自分のなかでつながったことだ。しかし、カンボジアでまだ見ていない陸路国境が3分の1、ベトナムは半分ぐらいは残っている。
その日の夕食は、HISのYさんとその同僚のYさんと、ホテルから南へ3kmくらいの、モニボン通りから1本西に入った狭い通りにある「縁」という日本食屋で会食。プノンペン駐在の日本人の方々で賑わっていた。21時半ごろ、1次回を終了し、2次回へ。そして何と、奇遇なまさに「縁」で、元ゼミ生で衣料専門商社に勤めているI君がバベットのマンハッタン経済特区に入居している取引先の中国(青島)企業に詰めて10日ほど出張滞在しており、今晩プノンペンに泊まっている、という情報がYさんの広いネットワークから入り、2次回で合流。宿泊ホテルから遠くないところのWood Ballという若者向けのバー兼カラオケボックスで大いに盛り上がった。全員20歳台後半の若者たちに大いに元気をもらった。
翌5月8日、二日酔い状態で無理をせず過ごす。外は炎天で出歩くのは危険だった。プノンペン市内のたいていのところは以前歩いたつもりなので体力温存を優先した。その日のアシアナ航空夜行便で仁川空港乗り換えで帰国した。